最近は、フリマアプリを使って、身の回りの不要な物を片付けては出品する事に、はまっている。

 

出品は、洋服・アクセサリー・小物がほとんどだけれど

よくもまあ、こんなに買ったものだと、我ながら感心する。

 

もともと買う時も、特に、こだわりがあった物は少なく、

手放す時も案外、潔い自分に気づく。

 

当初は、売るものなんてさほどない、と思っていたけれど、これが慣れてくると、

それはもう、次から次に、出てくる出てくる(笑)

 

 

売値は、新品でも1度は人の手に渡った物なので、その点を考慮。

汚れや状態を1つずつチェックしていき、値段を決める。

中には、同じ物の出品がされていたりするので、そちらもチェックし値段を考える。

 

 

商品を、少しでも素敵に見せるための写真の撮り方にも気を配る。

どのような配置にしたら綺麗に見えるのか?を考えては、カシャ、パシャ・・

 

でも、上手く撮れた試しがない。(泣)

 

 

商品をアップすると様々な反応があるのも面白い。

お値段の交渉や、サイズに関することの質問が多いけれど、

この間は、実際にリングを指にはめた写真を希望された方がいた。

イメージするのは大切なことだからね。

まあ仕方ないと思いつつ、アップした写真には、

細かなシワが正直に映し出されてしまっていて・・・・

何とも、恥ずかしかった。(笑)

 

 

購入していただいた時の嬉しさは、結構、病みつきになる。

 

 

昔、お外のフリマに参加していたが、実際に相手の顔を見て売り買いするのと違い、

相手が見えない状態では、少し慎重になる自分もいる。

コメントのやり取りや評価を頼りに、その方をイメージしていくのだが、これも結構面白い。

当たり前だけれど、人はそれぞれ、色々な方がいるのだなあ。

 

 

丁寧で、心遣いのきいた、素晴らしいコメントや対応をしてくださる方が時にいて、

そんな時は、心が温まったり、ほんわかと心地の良さを感じる。

 

 

梱包については、

素人なり、更に個人的に手先が不器用なので、申し訳ない感じになってしまっているが、

せっかく買っていただいた商品。

少しでも綺麗に・・と100円ショップで見つけたものと合わせたりして、工夫をしている。

 

 

しばらくは、売れる喜びに夢中になっていた私だが、最近は、売上で新たな物を買ったりする余裕も出てきた。

 

 

気になる商品をチェックして〜  プライスダウンのお知らせを待って〜

さあ購入!!

 

タイミングが悪く、既に売りきれもあるけれど、それはそれ・・

さほど欲しい物でもなかったのかな?なんて諦めも早い。

 

 

思えば、私の買い物って、いつもこんな風だったかもしれないな。

欲しい!って思ったらすぐに買う、だから失敗も数知れず・・・・

 

 

でも、おしゃれへの投資は、やっぱり止められない。

幾つになっても、それは私の大切な部分のような気がするから。

 

 

年齢を重ね、なるべく身軽でいたいと思うようになった私だけれど、

おしゃれは、頭で考えるのではなく、自分に起る感覚を楽しむものなのだと、

どこまでも都合の良い私です。

 

 

以前、参加した心理学のワークショップで、

ファシリテーターから聞いたお話で、印象に残っているものがあります。

 

それは、 自分が好きになれない、自信がない、と思っている方は多いけれど、

不快な自分も、良い自分も皆、自分の体の中の臓器なのだと考えれば、良いというもの。

 

身体は色んな臓器で成り立っています。

 

心臓や肺、胃腸、肝臓、腎臓etc・・・ 色んな臓器があってこそ、生きていられるのだし、

それぞれの役割があるのだから、 どれが気に入らないからって、取り出すことはできないですよね。

 

そう考えたら、どんな臓器でもいないと困るわけです。

 

ここで私、学生の時に習った恒常性(ホメオスタシス)の話を思い出しました。

 

 

恒常性とは、内外部の環境の変化に関係なく、状態を一定に保ち、生存を維持する性質や状態のこと。

 

具体的には、体温調節や、ウイルスなどの異物を排除しようとしたり、

傷を修復するなど、それはもう、一生懸命に立て直しを図ってくれてるもの。

 

悪いものから自分を守って、健康を維持しようとする素晴らしい力なのです。

 

そもそも、自分自身で解決できる力は皆、持っているということです。

 

 

何かが起こった時、自分を元気で良い状態に戻そうとする仕事には、

嫌な臓器(嫌な自分)も必要なのです。

 

 

大切な自分の応援団なのですね。

 

JUGEMテーマ:こころ

 

1人でいるのが嫌だから、あまり好きじゃないけど、とりあえず一緒にいる友達。

 

知っている人達の中では、1人でいる姿を見られたくない。

寂しい人だと思われたくないから。

 

皆と一緒なら、とりあえず安心。

 

嫌われたくない、重く思われたくない。

 

微妙な空気を読んで、自分の気持ちは言わないの。

 

当たり障りのない表面だけの付き合い、何だか寂しいけど・・

本当は、もっと深い部分で繋がりたいのに…

 

これは、今の子ども達の人間関係。

 

でも私達、大人も一緒かもしれない。

 

誰かと一緒なら、とりあえず安心、人の輪から外れないように、皆と同じなら間違いない。

世間体を気にして、他人の視線や評価を気にして、忙しい毎日にまた巻き込まれていく。

 

1人でいるって、そんなに異質? 人と違うって、おかしな事?

 

自由に生きるために、勇気が必要な国?  日本。

 

自由になりたいって思うのに、孤独を恐れ、人に合わせて生きている。

 

自由かどうかは、自分が決められる事なのに。

 

孤独はね、

自分と対話する時間をくれる。

 

今まで気づかなかった自分を知る時間。

だから、ますます寂しくなる事もあるかもしれない。

 

でも、沢山の思いをもつ自分に気づく機会は、けして無駄ではない。

 

 

ちょっと離れた場所から、色々な思いを眺めてみる。

そうか・・そんな私もいるねって・・

 

ちょっと苦しい思いは、箱にしまって、それを眺めるように接してみる。

無理矢理、追い出そうとはせず、居場所を与えてあげることが大切。

 

良い悪いと判断しないでおくこと。

 

そうすることで、色んな自分が混ざりあって、今までにない新たな自分になっていくかもしれない。

 

人は、自分にとって大切なものを知るために、孤独が必要な時があるのだという。

 

一人になる勇気と、孤独を楽しむ能力を持つこと。

 

それは、自分の人生を生きるために必要とされる、尊い時間だと思う。

 

 

 

JUGEMテーマ:こころ

何か頑張ったら、自分にご褒美をあげるっていう事ありますよね。

 

あなたが今、思いつくご褒美って何でしょう?

 

何かを買いますか?それとも何処かへ、おでかけしますか?

それも楽しいですが、逆に何もしない時間を与える、というのもありでしょう。

何もしない事に、不安や罪悪感を持つ方もいるかもしれません。

それはそれで、大切な気づきです。

 

忙しい毎日、人は何かをしながら、同時進行で別の事を考えています。

脳は休みなく働いている状態なんですよね。

 

脳をリラックスさせるには、質の良い睡眠はもちろんですが、

数分でも、目を閉じるだけで、外界からの刺激が遮断できるので、脳が喜ぶかもしれません。

 

 

呼吸に集中するのも、おすすめです。

普段は、無意識にしている、自分の呼吸を観察してみるのです。

 

息を、ゆっくり、長く吐いてみる。

いらないものを、全て吐き出すイメージで・・・

 

人間の身体は上手くできていて、息を吐ききると、

次は、新しい綺麗な空気を取り込もうと、自然に息を吸うようになっています。

 

過呼吸などの、浅く早い呼吸では、苦しさから、もっと沢山の酸素を取り入れようとしてしまいますが、

そんな時は、吐く事に意識を向けることで、呼吸が平静になっていきます。

 

 

緊張や不安を感じている時、自分の呼吸が、どのようになっているか? に気づくと、

それを変えていくこともできます。

 

浅い呼吸や、息を止めていることに気づいたら・・・

 

はい!深呼吸〜〜

大きく吸ってみます、または、大きく吐いてみます。

 

 

シンプルですが、自分にしてあげられる、大切なプレゼントですね。

 

JUGEMテーマ:こころ

 

 

<愛される女性、モテ女になるには><女性は、愛するより愛された方が幸せ>なんて話、よく聞きますよね。

 

私は<愛される>のも<愛する>のも、どちらも幸せなことだと思います。

愛し愛される関係なら更に幸せですけどね。

 

そもそも<愛される>って、どういう事か?考えてみました。

 

まず、自分に関心を持ってもらい、更に自分の価値を認めてもらい、大事にしてもらえる事でしょうか・・・

他に、○○されるという言葉からイメージすると、相手からもらう事が前提なので、受け身で依存的な状態ともいえるかな?

 

もらう事が愛される評価基準になると、相手から、もらえてないと感じた途端に、

愛情を計るものがなくなり、不安になったり怒りを感じやすくなるかもしれません。

 

相手の言動で愛情を計るって、落ち着かないし疲れるし、そもそも、どこまでしてもらったら満足するんだろう?

 

<愛されたい>欲求は、これでいいという事がなく、もっと、もっと・・と際限ないもののようです。

 

更に、相手から愛されていたとしても、自分に愛情を受け入れる器がないと満たされることはないし、それって寂しいし哀しいことですよね。

 

 

では「愛したい」はどうでしょうか?

 

○○したいというのは、自ら望むことなので自立のポジション。

自ら望んでした事を、相手が喜んでくれて、それを見て更に自分も嬉しいから、2倍嬉しいという状態。

 

これって楽しそう!何より自分が主体なので、無理をすることがなさそうです。

 

ここで、気づく事があります。

 

自分に関心を持ってもらい、更に自分の価値を認めてもらい、大事にしてもらえる事が<愛される>事だとします。

でも、たとえ相手から愛されても、自分に愛情を受け入れる器がなく満たされないとしたら、どうでしょう?

 

<愛されたい>前に、自分自身を愛してあげる事が、必要ではないでしょうか?

 

自分に関心を持って、あるがままの自分に気づき、認め、大切にしてあげること。

 

それを続けることで、相手に過剰に愛を求める必要も、なくなるかもしれません。

 

依存から自立へシフトした、その先に、自ら<愛したい><愛してみたい>という、新しい自分、世界が待っていると感じます。

 

JUGEMテーマ:こころ

悩みって、自分が変化するために時々、現れる課題みたいなものだと思います。

 

人間は、一生をかけて変化し成長するものだと思うので、一皮むけて、

また、新たな自分に出会える機会、時期が必ずあると感じます。

 

時間の経過や環境の変化によって、いつの間にか自然に解決していたり、

それ以前に悩んでる暇はない!!って方もいるかもしれませんが・・・

 

他にも、もう解決済と思っていたこと、成り行きで、何となくクリアしてきたけれど、

未解決だった自分の課題が、何かのきっかけでパターンとして現れてくることもあるでしょう。

 

根本的な自分の問題に気づかなければ、それは周囲の人が変わっても、環境が変わっても、

同じように、いつか困りごととして現れてくるでしょう。

それは、自分が自分に気づいてほしい!大事にしてほしい!というメッセージなのですから。

 

 

例えば相手に対する不満を、怒りとして表現してしまう場合。

 

恋人でも夫婦でも親子でも・・・

 

何故、自分は怒るのか?を考えた事がありますか?

 

まず、怒りの裏には、自分をわかってもらえていない!という気持があるのではないでしょうか?

「一生懸命やっているのに!!こんなに辛いのに!!大変なのに!!」って・・・

 

特に近しい間柄では「わかって当然でしょ!!」という、支配的な思いを持つこともあります。

 

こんな風に、わかってもらいたい!!という気持の奥には、何層もの思いや記憶があります。

 

 

「もっと自分を理解してほしい、優しい言葉をかけてほしい、構ってほしい、大切にしてほしい・・・」

そう・・

自分の思った通りに愛してほしい欲求です。

 

 

 

自分は怒りをぶつけて一体、何を得ようとしているのか?

本当の自分の気持ちに気づいてやること。

 

 

怒りを、ぶつける事では、根本的な解決にはなりません。

それどころか、その怒りのせいで大切な人を失ってしまう事になりかねません。

 

 

相手に解決策を求めてばかりでなく、自分の課題に気づいていく勇気を持つことは、

本物の幸せに近づくための、確実な方法の1つではないかと感じます。

 

JUGEMテーマ:こころ

 

 

今が辛くても、不安でも、最後に救ってあげられる人は、あなたです。

 

自分の中には色んな自分がいます。

ダメと感じる自分もいれば、気にいっている自分もいる。

 

色んな自分が、その時の状況や、環境で現れてくるかもしれません。

 

一見、矛盾しているような、相反する思いを抱いていることだってあります。

 

例えば・・・

結婚したい!と思っているけれど、いざ、その機会になると、自ら結婚を遠ざけてしまうなど、

無意識にある自分の恐れや不安が、そうさせることがあります。

 

幸せになりたいはずなのに、いつも同じようなパターンを繰り返して、失敗してしまう、とかもそう。

 

 

これらは一見、矛盾していますが、自分にとって不利な行動パターンをとる事で、

過去、何かを得ようとしてきたとか、実際に得たものがあったのかもしれないですね。

潜在意識では、幸せになってしまう事が怖い、それを手に入れると、失うものがあるのかもしれません。

 

いずれにしても、矛盾した、その方法で、自分を守ってきたとも言えるでしょう。

 

 

 

自分の中にある幾つもの自分は、あなたを幸せにしたくて、やってくる気持ちです。

 

 

それに気づくこと、嫌な感覚や感情も排除しないで、たとえ少しの間でも居場所を作ってやること。

そうすることで、自分が自分と繋がり楽になっていきます。

 

 

 

カウンセリングセラピーKIZASHIでは、カウンセリングやワークを通して、そのお手伝いをしていきます。

 

 

自分に出会っていく作業は、生きる力を取り戻すことだと言えます。

そんな尊い時間を、ご一緒させていただけることを願っています。

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:こころ

自分にジャッジしないで生きるって難しいと感じます。

 

人は、自分の言動について良いか? 悪いか?好きか? 嫌いか?正しいか? 間違っているか?

の判断をして日々、過ごしています。

 

こうじゃなきゃ駄目!っていう自分の中の判断基準。

 

それは一見、社会の基準にのっとっているように見えて、実は自分の中だけの事だったりもする。

 

自分の中の基準に沿うことは何より安心。

特に今までそれで困ったこともないし、皆と同じで間違いもなさそう。

それをしていれば、まあ何とか社会には適応しているしね。

自分を必要とされているという承認欲求も満たされているし・・

 

 

でも、その基準って、本当に自分で決めた基準なのだろうか?

 

誰かに言われたり、勝手に空気を読んで学んできた基準だとしたら?

 

 

長い間に、自分で作り上げてきた基準は、案外、親や周囲から刷りこまれてきた事だったりする。

 

人には優しく、人が嫌がることをしない、人に迷惑をかけない・・・とかね。

 

こういうことができない人を、目の当たりにした時に、強い怒りを感じる方は、

自らの意志でなく、他者からの教えを、今でも忠実に守ろうとしている、可能性があるかもしれませんね。

 

自分が、したいからするのであれば、何も人に同じことを求めなくても良いわけです。

 

また、自分の中の見たくないものを、無意識に相手に映し出してしまうということもあります。

 

どちらにしても、相手に怒りを感じる時点で、自分にジャッジしているんです。

だから相手にも〇か×かを出したくなるんですよね。

 

 

あなたの中の基準って何ですか?

あなたの価値観って?

 

それは、本当にあなたが大切にしたいと思っていることでしょうか?

 

 

年齢を重ねても、若々しくて素敵な女性って、自分軸をもってる人だと、最近気がついた。

 

時間は流れ、時代は変わる・・・

 

自分を取り巻く環境も、何より自分自身も、知らない間に変化している。

 

年齢を重ねて体力や外観はそれなりに変化していくけれど…

生理的な変化は受け止めながら自分と仲良く楽しんで生きること。

 

そのためには、今までの価値観なんて、案外 周囲から取り込んだ自分にしっくりこないものだったと気づくかもしれない。

むしろ、生きた経験と共に価値観は、変化していくのだと思う。

 

幾つになっても変化できる勇気、変化を楽しめる人って素敵です!

 

忘れっぽくなるのは、神様からの贈り物 過去に囚われ苦しくないように・・

 

体力が落ちるのは、先を考えすぎて何もしない前に、今やりなさい というメッセージ。

 

今を丁寧に生きるために、送られるプレゼントなのかもしれない。

 

変化しながら成長できる、可能性にワクワクしながら、素敵に日々を過ごして生きたいと思う私です。

 

 

 


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